トップページ
■2006年03月03日(金)  Republic of Turkey 〜戻ってイスタンブル〜 day7
ユルギュップの街から12時間。・(ノД`)・゚・

イスタンブルの街に戻ってきました。

街の始まりは古代ギリシアの植民市とされ、その後ローマ帝国の首都になってから急激に発展し、オスマン帝国の都となりギリシア文化とモスクなどのイスラム文化が混在するおもしろい街になりました。

しかし現在街の人口は700万人近く、イスタンブル県で1200万人ほどいるそうで、トルコの人口6500万人くらいから考えると人口密度がものすごい。最近地下鉄ができたらしいが、今でも主要交通が車とバスなので、交通ルールなんてあったものじゃないというくらい道に人、車が溢れています。

さて、旧市街の歴史地区と呼ばれる場所には世界的に有名な建物がいろいろ建っています。



トプカプ宮殿

オスマン帝国7代スルタンのメフメト2世が1478年頃完成させた宮殿です。
トプ(砲)カプ(門)という意味らしいですが、トプカプ宮殿と呼ばれるようになったのは宮殿が放棄された19世紀以降らしいです。


トルコ石に代表される「トルコブルー」。宮殿内にも青色のタイルが貼ってあったり。


地下宮殿

東ローマ帝国時代の地下貯水池で、篭城戦などでの水不足に備えるといった面もあったようです。
現在は使われていないものの、ここまで水を運んでいた全長1Kmほどのヴァレンス水道橋などが近くに残っています。(現在は800mほどしかのこっていないらしい)


ブルーモスク

そとが青いわけではなく、中に青いタイルが貼ってあるため、ブルーモスクと呼ばれるそうな。
現地ではスルタンアフメトモスクと呼ばれ、「ブルーモスク」といっても通じない。

ブルーモスク内部。柱の真ん中辺りなどに青タイルが貼ってあるのですが。。暗くてわかりにくいよねぇ。



アヤソフィア

AD360年、コンスタンティヌス1世が建てたキリスト教会
古代キリスト教の五大総主教座であり東方正教の総主教が置かれました。
AD360年はまだイスタンブルはローマ領であり、1453年オスマン帝国にコンスタンティノポリス(イスタンブルの旧名)が占領されるまで教会として、占領後はモスクとして使われました。

ひっそりとトラベルの欄にトルコを入れてみました。
これからコンテンツを増やす予定ですが。



ちょっと容量が大きいのでトラベルの方に載せようと思ったトルコのパノラマ写真の一部を載せてみました。



イスタンブルのパノラマ写真の写真。クリックで大きいの表示。容量デカイので注意。




ガラタ橋。橋の下がお店になっていて面白いところですよ。クリックで大きいの表示です。
コメント
Name   Message   

■2006年02月27日(月)  Republic of Turkey 〜カッパドキア〜 day6
パムッカレの街から東に走ること9時間(゚Д゚ )

ユルギュップの街に着きます。

ユルギュップはキノコっぽい岩で有名なカッパドキア地方の町。


こんなような岩があります。


アラブ人のキリスト教弾圧から逃れるため攻められにくい場所にキリスト教徒がすんだのが始まりで、当時キリスト教徒が住んでいた家の跡があっちゃらこっちゃらで見ることができます。

岩に開いている穴は全部当時の家やら教会。

もうちょっと平らな場所で住んでいる人がいたので、今も使ってるところがちょこっとあるようですね。



カイマクル地下都市。さっきのような場所に住んでたキリスト教徒が非常時(アラブの攻撃時)に逃げるため作られた地下都市だそうです。

地下8階まであり、いまも調査中だとか。とにかく狭い。
コメント
  • ε(2006/03/03 21:51)
    ずいぶん前に本でユルギュップのことを知りましたが、こういう写真を見るとやはりその奇観に驚かされますね。実際にその地に立ったら圧倒されそうです。
  • vivo(2006/03/04 03:22)
    よくこんなところに人がすんでいたなという感じの場所ですねぇ。ユルギュップの360度の写真を撮ってみたのでそのうち上げてみます。
Name   Message   

■2006年02月25日(土)  Republic of Turkey 〜パムッカレ〜 day5
エフェソス遺跡から走ること約6時間

石灰棚で有名なパムッカレに着きます。


天気もどんよりしてて、ちょっと見栄えがよくないですね。

石灰棚の一部には靴を脱いで入ることができます。温泉かお湯かが湧き出ていて石灰棚に流れているので暖かいです。


石灰棚の一番上の台地にはヒエラポリス遺跡があります。
帝政ローマ時代に栄えた都市だそうで、五賢帝の一人、ハドリアヌス帝(AD76-138)が作ったとされる劇場なんかがのこっています。



パムッカレにあった看板。結構広い場所です。
コメント
Name   Message   

■2006年02月23日(木)  Republic of Turkey 〜エフェソス公会議〜 day4
ベルガマの街からエーゲ海に沿って南下すること4時間

セルチュクにつきます。

セルチュクの近く、アヤソルク村にエフェソス遺跡があります。


エフェソスといえば世界史に出てくる公会議(キリスト教の最高会議)の名で有名な場所ではないでしょうか?

アタナシウス派とネストリウス派の対立でネストリウス派が異端とされたエフェソス公会議(AD431)の舞台です。



ペルガモンやトロイに比べて保存状況がよく、また規模も大きいので見ごたえはあるのではないでしょうか。

あいにくの雨模様。

夏はかなり暑くなるらしく、摂氏40℃とかいくそうです。更に夏はものすごく混むらしい。
ヨーロッパからの観光客は水着であるいてたりするそうな。

日本と同じく、一番良い季節は春と秋だそうで。



図書館跡
エジプトのアレキサンドリア図書館、先のペルガモン図書館に次いで3番目の蔵書数を誇っていたそうです。


劇場跡。AD2cには25000人が入ることのできる当時最大規模の劇場だったそうです。
ここは現在も時々コンサートなどがひらかれるそうです。
コメント
Name   Message   

■2006年02月19日(日)  Republic of Turkey 〜ペルガモン王国〜 day3
チャナッカレから走ること4時間
ベルガマの街に着きました。

ベルガマの街には、BC263-BC133まで栄えたペルガモン王国のアクロポリス跡が残っています。


アクロポリスとは、「高い城」の意味。最も有名なのはアテネのパルテノン神殿のある「アクロポリスの丘」ではないでしょうか?


ヘレニズム文化の影響があるので、ギリシアっぽい遺跡。文字もギリシア文字


劇場跡


トルコの遺跡はどこも野良猫、野良犬が多いです。
大柄そうな顔の割りに、バックや紙袋を取り出すと餌と思ってかなり凶暴になったりするので注意。
コメント
Name   Message   

■2006年02月15日(水)  Republic of Turkey 〜古代への情熱〜 day2
トロイの遺跡はチャナッカレの町郊外にあります。

イスタンブールからチャナッカレまではバスで約5時間。イスタンブールから南西へ走り、ダーダネルス海峡を船で渡ります。


トルコは鉄道が発展していないため長距離、短距離問わずバス移動がメジャーです。最近高速道路がイスタンブール〜アンカラ間でできたようです。



しかしイスタンブール周辺どころかダーダネルス、ボスフォラス海峡辺りも霧で海峡を渡る船が出ない状況でした。


チャナッカレの街からダーダネルス海峡を見る

古代ギリシアの詩人ホメロスの叙事詩「イリアス」に語られるトロイヤ戦争に出てくる神話上の都市。

「イリアス」にあるトロイヤ戦争を事実と考えたドイツ人ハインリッヒ・シュリーマンにより1871年より発掘開始。発見された遺跡です。

高校の世界史を取った人なら、この辺のことは聞いたことがあると思います。


残念ながらシュリーマンが考古学者ではなく発掘が手荒にされていたこともあり、トロイの遺跡は保存状態が良くないです。


入り口には「トロイの木馬」のレプリカがあります。
中に入って上ることも可能。写真でも誰か登ってるでしょ。


門へ続く道。左右は城壁



祭壇跡

トロイ遺跡は全体的に小さく、保存状態が良いわけではないのでそれほど大したものではないといった印象でしょうか。

しかし、この場所で3200年ほど前(トロイヤ戦争はBC1200年くらいとされている)と考えて見ると、また違って見えてくるものです。

映画「トロイ」を見てると、更に違った視点で見れるのでしょうねぇ。
コメント
Name   Message   

■2006年02月12日(日)  Republic of Turkey 〜飛んでイスタンブール〜 day1
名古屋からソウル経由でイスタンブールへ。

中部空港から仁川空港(ソウル)まで1時間20分くらい、仁川からアタチュルク空港(イスタンブール)まで11時間くらい。 長い。


利用は安い大韓航空。


流石は大韓航空。
日本海が「東海」に、そして飛行場などないのに態々「独島」と表記してありますね。



仁川空港では日本語表記で航空便を案内してた。以外だったけど、

台中というと、中正空港のことかな?何故「ちゅん」だけ平仮名?

ほかにも、「ケアンス」が「ケろンズ」とか。何処に行くのやら。


イスタンブールまでの機中、何故かかなり出血して、フライトアテンダントの人に通りかかるたびに「괜찮습니까?(大丈夫ですか?)」と最後まで日本人と気づいてもらえず、何とか着いたら夜21:40。


日本との時差はサマータイムがない冬場は-7時間。
時差ボケがあるかなぁと思ったけど普段が夜型の生活のお陰か、時差ボケにはならず、機内で寝て更に翌朝までホテルでぐっすり。




真ん中の橋はガラタ橋。ガラタ橋が架かっている場所は金角湾になり、そして右側がボスフォラス海峡になります。

綺麗に写真撮れてるじゃんと思うでしょ?

綺麗に撮れてる写真を撮ったからです。



ついた2/4は雪。翌5日もすごい霧がでていました。
先週はイスタンブールで70cmの積雪があったらしく、市内はえらいことになっていたようです。



これは、トプカプ宮殿から9日に撮った写真。

一見、関門海峡に見えそうですが真ん中の橋は第一ボスフォラス大橋(ボアズィチ大橋)、橋を挟んで左がヨーロッパ側、右がアジア側になります。

天気があまりよくなかったイスタンブール。
非常に残念ながら、雪で移動の足止め食らうよりはマシだったので(先週はトロイや南に抜ける道などが閉鎖されていたらしい)、それだけでも良かった良かった。

イスタンブールは人口1,200万人の大都市。毎年数万人という単位で人口が増えているとか。
そのためか、街はすごい渋滞。
治安も悪い。

街並みもちょっとごちゃごちゃした感じになっています。

モスクをシティタワーに変えれば魔女の宅急便の舞台らしくなりそう。そう思いませんか?
でも、ちょっと霧がかかってるんだよねぇ。

トルコはイスラム圏ながら、政教分離、完全な共和国制を採っているのでイスラム圏といった感じがしません。
都市圏の若者はヨーロッパ風の格好で歩いているし、日本の若者みたいに宗教に関心が無くなっているという話も聞きました。

モスクと一日5回のモスクからのお祈りの声がなければイスラム圏とは思えないでしょうね。


初日は夜着だったのでホテルへ直行。


ホテルでTVをつけると。。。


みのさん???

トルコ版みのもんただろうか。ミリオネアをやっていた。
ちゃんとオーディエンスや50/50、テレフォンといったライフラインもあった。

ミリオネアはアメリカのTV番組が元と聞いたことがあるので、世界的に流行っているのかもしれない。

因みに、このトルコ人司会者、昼に人生相談はやっていないとのこと。
コメント
Name   Message   

過去ログ 2006年02月 03月 

トップページ
総アクセス数